職場の窓から、雲ひとつない青空を眺める
外は猛暑だ
向かいの大きな公園の木が、ざわざわと揺れているのを見て
その揺れ具合から、風の音や勢いを、想像した
先日お墓参りに行ったときのことを、ふいに思い出す
うちの墓所は、小さな山のなかにある
お墓のまわりにも楢や栗、くるみの木が生い茂り、さわやかな空気の場所
お線香をあげたあと、何気なく木を見上げると
それは栗の木で、枝にはまだ青いイガグリがいくつも実っていた
ぼんやりと見上げていると、
頭のなかで、父の声が栗の木に呼びかける
「おうい、栗の木。やまねこを見なかったかい?」
物心の付く前から、何度もなんども読み聞かせてもらった『どんぐりと山猫』
今も、若い父の声が耳に残っている
すきとおった風がざあっと吹ふくと、栗くりの木はばらばらと実をおとしました。一郎は栗の木をみあげて、
「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかったかい。」とききました。栗の木はちょっとしずかになって、
「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」と答えました。
「東ならぼくのいく方だねえ、おかしいな、とにかくもっといってみよう。栗の木ありがとう。」
栗の木はだまってまた実をばらばらとおとしました。
父は読み聞かせがとても上手い人だと思う
登場人物に合わせて、すべて声色を変えて、ゆたかな抑揚をつけて、読む
父の演じる馬車別当(『どんぐりと山猫』に出てくる)が、あんまりにも不気味だったので
幼心に「バシャベットウは、こわいいきもの」なのだと思っていた
妖怪なのか、人なのか、よくわからない不気味ないきもの
バシャベットウが、馬車別当という職を表す言葉だと認識したのは、ずいぶん大きくなってから
だけど未だにわたしの頭の中では、バシャベットウはこわい
そんなことを思い出しながら
お父さん、見て、栗の木、と言うと
父はすぐさま「おーい、栗の木~?」と呼びかけた
伝わるだろうと思っていたから、予想通りの反応ではあるけれど
やっぱり笑ってしまう
うん、それそれ
ざわざわ揺れる木を見れば、思う
「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」
そんなふうにおしゃべりをしているんじゃないかって